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教員コラム連載「信頼資産」第1回

在学中から育む、大学との信頼関係。そのつながりが人生と社会を豊かにする

 小林 裕亨 教授

資金集めや一方的な会報の送付。そんな従来型の同窓会運営に一石を投じる取り組みが始まっている。卒業してから関係を築こうとするのではなく、在学中から卒業後を見据えた「信頼資産」を育てていくこと。特定の教員に依存しない仕組みづくりを進める上智大学大学院応用データサイエンス学位プログラムの事例から、在学中から卒業後も続くコミュニティの在り方に迫る。

大学が卒業生と継続的な関わりを持つ手段として、従来から同窓会が存在する。しかし、多くの従来型同窓会は、定期的な会報の送付や総会の案内、あるいは寄付の呼びかけといった一方通行な連絡が中心となりがちだ。卒業生側からすれば、単なる「大学からの広報・依頼の窓口」になってしまい、その連絡自体に自発的な魅力や参加価値を感じにくいのが実情である。

一方、在学中に築かれた学生同士の関係は、卒業後もさまざまな形で続いていくが、大学との関係は、「卒業」という節目を境に途切れやすく、一度接点が失われた後に、大学側から改めて関係を築こうとしても容易ではない。だからこそ、在学中から教員が学生との交流を意識的に重ね、信頼関係を育んでいくことが重要になる。その積み重ねが、卒業後も大学と関わりたいと思える関係につながっていく。

上智大学大学院応用データサイエンス学位プログラム(ADS)同窓会連携担当の小林裕亨教授は、大学と卒業生との関係についてこう話す。

「同窓会にも一定の信頼関係がないと、組織として成立しません。大学院は、学生にとって非常に濃密な時間を過ごす場所です。キャリアに役立つ、知識がつく、学位を得ること以上に、人間的な結びつきを形成することが大前提だと考えています」

— 小林 裕亨 教授

この言葉には、自身の経験も強く紐づいている。

「私にはアメリカの大学院での留学経験があります。遠く離れた国で生活をともにしているので大学とも学生とも非常に近い関係にありました。ですが一旦卒業し国を離れるとどうしても関係は疎遠になり、寄付活動に熱心なアメリカ流の同窓会運営にちょっと気おくれしてしまう感覚があったのも事実です。自分がADSで同窓会に関わる側になった時、こういった感覚をできるだけなくせたら、と思いました」

— 小林 裕亨 教授

そこでADSでは、関係を継続させる土台として、在学中から「信頼資産」を蓄積することを目指している。信頼資産とはADSが独自に使用している言葉で、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の概念が基盤にある。

これまで、社会や組織における資本といえば、資金や設備などの物的資本や人的資本が重視されてきた。しかし近年では、これらに加え、人々の間にある「信頼関係」「規範」「ネットワーク」が極めて重要な資本として位置づけられている。互いの利益を尊重し合う誠実な関係性の構築こそが、世代や立場を超えた協働や「知の循環」を生み出す原動力となるからだ。

「卒業後に突然コミュニティをつくろうとしても難しく、在学中から『つながってもいい』『一緒に何かやってもいい』と思える関係をつくる。その信頼の蓄積が、卒業後も大学や教職員とつながりが自然に続いていくのだと考えています」

— 小林 裕亨 教授

卒業後も続く関係は、在学中に育まれる

2023年4月に開設されたADSは、2025年に同窓会組織が立ち上がったばかりだ。今後、卒業生との持続的な関係性をいかに築いていくか。それを特定の教員の裁量や人脈といった属人的な要素に頼るのではなく、ADS全体の強固な仕組みとして確立していくことが重視されている。

「大学教員は、数年のうちに引退や転出をする可能性があります。せっかく立ち上がったプログラムを、特定の教員の考え方や人間関係に依存させるのではなく、継続性を持たせて良いものにしていきたい。そのためには仕組み化が必要であり、教員同士が協力しあう関係や、学生を含めたコミュニティの雰囲気を、最初から意識してつくっていかなければなりません」

— 小林 裕亨 教授

この方針に基づいて、教員それぞれが持つ専門性やキャリアを生かしながら、学生との関係づくりやプログラム運営に関わっている。例えば、研究科の創設に関わった教員は、幅広い外部ネットワークを生かして優秀な非常勤講師を招いている。また、企業役員としての経験とカウンセリングの知見を持つ教員は、その経験を学生のキャリア支援に生かしている。

教員たちは、在学中から学生同士の議論や、外部講師を含む多様な方々との交流を促し、授業で知識を得るだけではない関係づくりの機会を意識的に設けている。こうした取組みについて、小林教授は、大学との関係が学位取得とともに終わるのではなく、その先も続いていくことを重視していると語る。

「大学院(修士)での2年間を、それだけで完結する教育期間とは捉えていません。社会や技術が常に変化する以上、大学で一度学んで終わるのではなく、その後も大学や教職員とのつながりを保ち、一人ひとりの成長を後押ししながら、長く見守っていける関係が大切だと考えています。また、時には自分自身を振り返り、立ち返ることのできる座標軸として、大学が人生の中で長く意味を持ち続ける場所になることが理想です」

— 小林 裕亨 教授

強い信頼関係は大学・教員・卒業生にとって持続的な資産となる

講義で得られる知識だけでなく、自分の考えを率直に話し、異なる経験や価値観に触れながら刺激を受けることにも大きな価値があると小林教授は言う。在学中に築かれた同級生との関係に加え、修了年度を超えた世代間のつながりや、教員、外部講師との関係が広がることで、自分では選ばなかった分野や、これまで関心を持ってこなかったテーマにも触れる機会が生まれる。大学や教員には、こうした人や機会をつなぎ、関係が続いていくよう働きかける役割がある。

「必ずしも、強い目的意識を持って参加する必要はないと思っています。信頼している教員に勧められたから行ってみよう、同級生が参加するから自分も行ってみよう、このコミュニティとの関係を続けておきたいから参加してみよう。そうしたきっかけでも十分です。誰かが声をかけ、背中を押し、ときには新しい場に巻き込んでいくことで、それまで接点のなかった人や分野との関係が生まれていく。職場とは別に、肩書や立場を離れても関係が続き、異なる背景を持つ人たちと刺激を与え合えるコミュニティを持つことには、大きな意味があると考えています」

— 小林 裕亨 教授

上智大学のように、学生との信頼資産を在学中から蓄積する大学が社会に増えていくことは、人生100年時代における豊かな生き方にも直結する。

「卒業生と大学との関係が続くことで生まれる価値は、双方で少し異なると考えています。卒業生にとっては、社会に出た後も新しい人や知識に触れ、自分の視野や可能性を拡げていく機会になります。一方で、教員や大学にとっては、在学中に伝えてきた考え方や想いを受け取った人が社会に出て、それぞれの立場や仕事の中で、別の形で実践し広げていくことに大きな意味があると思います。教育の中で培われた価値観が、一人ひとりを通じて社会へ波及していく。知識を教授することは当然ですが、それ以上に、私たちが教育に向き合う姿勢や考え方から何かを受け取り、それを社会や次世代へつないでくれた時に、大学人として私たちは報われるのだと思います。」

— 小林 裕亨 教授

こうした循環は、卒業後になってから関係をつくろうとするだけでは生まれにくい。在学中から信頼を育み、人と人とをつなぎ、関わり続けるきっかけをつくる。そして、それを特定の教員に依存せず継続できる仕組みにしていくことが重要になる。

次回は、在学中の教育の中で教員と学生との信頼がどのように育まれ、その関係が周囲へと広がっていく過程を考える。